2009年4月9日木曜日
酒と涙と男と女(アナザーストーリー)
日本は「失われた十年」と言われた。北海道は「失われた三十年」となるのであろうか。「北海道からは相撲の横綱はたくさん出ていますが、政治の横綱はまだ出ていない。この町村君・・・・」一郎記念館の古いビデオにあった一説。おじさんが自民党総裁選挙に出てから未だに総理総裁が誕生していません。おじさんの死が時の流れに流されてしまったとしても、未だに総理大臣が出ていない事は変らない。おじさんの死後、「雨後の竹の子」のように誕生した政治家たち。既にスター「ダスト」もいれば「ブレイク」を拒み続けているかのような人たちもいる。おじさんを排除した時の「志」や「気力」を持ち続けているのであろうか。これから数年で答えは出てしまうであろう。私の人生とは関係無く・・・。終り
酒と涙と男と女(アナザーストーリー)
今日また両親が私の過去を否定した。だからもう止めようと思う。何時かきっとここから書くことに母は答えてくれる事を期待して・・・。
母が私に言った事「信司を可愛がってくれる親族だけ面倒みてやると言われていた」これは私が中学入学前、両親が離婚するしないでもめていた時(ちょうど父の妹の娘ケイコちやんが札幌に来ていて父が他の従兄弟と車で遊びに行った日)に不貞寝する母の隣で聞いた。その後二人で私の学生服を買いに行った。
母が私に言った事「お金使っていい?」「誰の金?」「信司の・・・」「お金あるの?いまさら言われてもな」「いいよ、ただ僕が必要な時にはお金出してね。起業したいから。」大学入学後、今住んでいる家を建てる前(最中?)に。
「信司、養子に出しておけばよかったね」母が茶の間で父に言っているのを自分の部屋で聞いた。今、聞いても知らぬ存ぜぬだ。が、事実なんだよな。確か、高橋秀樹さんが札幌雪祭りで囲まれた事は新聞にも載っていたと思うんだけど・・・。知らぬ存ぜぬだろうな。「ああそうかハハハ」と笑ったとたんに「ヤバイ失礼します」って帰って行った。私の過去は今のままではファンタジーなのかもしれない。もうちょっとつづく
2009年4月6日月曜日
酒と涙と男と女(アナザーストーリー)
ちなみに、佐藤静雄は中川一郎の子分でした。広尾の一郎記念館で佐藤静雄の集会で応援する中川一郎先生をビデオで見ることが出来る。私の両親は何を考えているのだろうか?創価学会に寄付の約束でもしているのであろうか。入信するのは勝手だが・・・。私にはまったく関わりのないことなので、今まではともかくこれからは其の件に関して迷惑を掛けないようにして欲しい。しかし、何故。もしそうであるのなら、非常に悲しいことである。つづく
2009年4月4日土曜日
酒と涙と男と女(アナザーストーリー)
「殺したい」ほどの「恨み」そして「水に流す」。「おじさん嫌いだろ?」と父が電話してきた時「そんなことないよ、あのおじさん何時もニコニコしてるんだよ。でもさ、何か悪い事してるみたいで、気が付かないで通り過ぎちゃう事があるんだ。おじさんに言っといてくれないかな。用事があるときは自分から声かけてって」父は「わかった、わかった」と言って電話を切った。父とあのおじさんの話をしたのはこの電話だけだ。私が「中川一郎、知ってるしょ」と言うと「知らない」「会った事ない」と切れ気味に答える。「佐藤静雄の会」入っていたのだから「知らない」はあり得ないのに・・・。つづく
2009年4月3日金曜日
酒と涙と男と女(アナザーストーリー)
「水に流す」そんな意味を込めるのだろうか。おじさんも父の母もお風呂で死んでいたらしい。「水に流す」がその意味ならば恐らくは誰かに何か「恨み」を抱かれたのであろう。それでは「誰にどんな恨み」をと考えるが・・・。つづく
2009年4月2日木曜日
酒と涙と男と女(アナザーストーリー)
「僕こんなに食べれないよ」出てきた大きなお皿に山盛りのチャーハン。ビックリする僕を他のテーブルのお客さんたちが笑っていた。初めて行ったパークホテルの中華料理。笑われている事に私が気が付くとそのテーブルのお客さんたちは席を離れて行った。両親が会釈していたので知っていたのであろう。そう、パークホテルを定宿としていた人。そう、新聞で読んだが石原プロもパークホテルとは浅からぬ縁があるらしい。先日、茨城からの帰りに一泊した。部屋が随分ゆったりとていた気がする。部屋番号が606号(前から読んでもムネオ後ろから読んでもムネオ)だったのは奇遇であろうか。帰りにホテルの中華料理屋でチャーハンを注文したが、ちゃんと一人前しか出てこなかった。昔と店と味が同じかどうかは解らないけれど、たまにホテルでチャーハンも良いもんだと感じたのであった。つづく
2009年4月1日水曜日
酒と涙と男と女(アナザーストーリー)
「お前なんか従兄弟じゃない」と言われた。まったく疑いなく従兄弟だと思っていたしそれからも従兄弟だと思ってきた。もしかすると従兄弟ではなかったのかもしれない。お祖母ちゃんと三歳くらいまで会っていなかった気がする。「マミコ」のおじいちゃまに会った時に「あなたお爺ちゃんとお祖母ちゃんいないの?」と聞かれた。確か、北見のお爺ちゃん以外会ったことなかったはずだ。猫可愛がりの従兄弟がいたことも納得だ。もしかすると私とお祖母ちゃんは血がつながっていなかったのかもしれないから。そうだとすると、父の両親は偉かったのかもしれない。多少の区別はあったとしてもある程度相手をしてくれた。が、私だけ呼び捨てであった。つづく
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