2009年2月28日土曜日
酒と涙と男と女(アナザーストーリー)
私は前回の統一地方選挙の札幌市北区の市議会議員選挙に立候補した。新聞記者に「私は立候補する事に意味がある」と言った。もし、一度でも私のブログを読んでくれていれば十分に彼らにも理解できるであろうと思うが・・・・。得票が1619票らしいから(新聞報道)それだけでも何か思うところがありそうなものだけれど。今はメガネはかけていないようですが、当時まだ彼女が現役のスケート選手の頃一度お会いしたことがある。そうまだ私にとって「ブスなメガネのおねえちゃん」だった。個人の名誉のために、私にとっての「ブス」は女性を意味する枕詞であった。会う人会う人女性なら「ブス」。そんなスーパースターなメガネのおねえちゃんは、沢山のファンを引き連れて私に近づいて来て「かわいい子ですね」と母に声を掛け通り過ぎて行った。当然のようにまだ幼い私は沢山の彼女のファンを私のファンだと勘違いした。なんでこの人達は私の前を只通り過ぎて行くのだろうかと思ったのでした。私は母に「あの人誰?有名な人」と聞いたのであった。本当に知らなかった。孤軍奮闘一人で勝手に選挙運動していた私、ある場所で拡声器で演説していた時一台のスズキの特別小さな軽自動車が通り掛かった。助手席には今や参議院議員となった元メガネのおねえちゃん。もしかしたら憶えていてくれたのかもしれない。残念な事は、私が幼き日の特別な思い出をまったく記憶していなかった事。ただ「あ、橋本聖子だ、何で?冷やかしか」とその時は感じるだけであった。つづく
2009年2月27日金曜日
酒と涙と男と女(アナザーストーリー)
石原さんだけではなかった。高橋さんや石坂さんや・・・・。会った芸能人、スポーツ選手は両手で余るかもしれない。小学生の頃、政治家もおじさんの後ろにぞろぞろ付いて来た事あったな。私は「ヤクザ」と間違えた。芸能人やスポーツ選手に会ったのは小学校上がる前。初めておじさんと地下鉄の中であってから。まだ、三歳になっていなかった。燃える男に「エースは小松じゃないの?」と言ってみたり、安打製造機には「巨人のピッチャー何時も打たれるから嫌いだ」と言ってみたり。何故か会えたんだよな・・・。ちなみに、今会いたいのは「長澤まさみ」さんとか「宮崎あおい」さんとか「本仮屋ユイカ」さんとか「井上真央」とか「ソフトバンクの携帯の子」とか・・・・、会えないな何故だろう。環境の変化か?石原さんに次いで熱心に通ってくれたのは高橋さんだった。記憶は定かでないが小学生の頃、赤いフード付きのオーバーを着た女の子を雪祭りに連れて来た。あれはモジモジガールでしょう。Wikiによると裕次郎さんが秀樹さんをかわいがっていたらしいのでそのつながりであろうか?それとも、中川~高橋つながりであろうか?はたまた、豊田~高橋つながりであろうか?事の真相はよみがえった私の記憶を世間に紹介することでしか解らないのかもしれない。つづく
2009年2月25日水曜日
酒と涙と男と女(アナザーストーリー)
何故「マミコ」が「カラス」か。理由は黒くてうるさいからだったのだけれども、それには更に理由があった。それはその前日かその前の日かとにかく私がマミコを「カラス」だと命名する前にとあるオバサン、非常に有名で美人で恐妻で映画出ててなオバサンにデパートの遊び場だったかどっか外であって、無理やり歌を教えられた。その歌が「カラス何故鳴くの・・・」だった。生まれつき音程が個性的な私。オバサンも呆れてしまうほど下手だったのだと思う。そのオバサンとはそれまでも何度か会っていて、なんだかこう優しいのだけれどどちらかと言うと私に会いに来たと言うよりも「連れに来た」のだった。私としてはその理由が解らず、歌を教えられる理由も解らず会うたびに窮屈に感じ、思い返すと徐々にオバサンを嫌いになっていったのだと思う。そんな訳でオバサンとの別れは完全な喧嘩別れになってしまった。そしてオバサンもまた私の記憶から消えていったのだった。今思うと、非常にある意味残念である。人間というのは実に弱いものだ。まったく違う別の想像を絶するようなデズィズニーランドのような人生も、もしかするとあったのかもしれないと思わずにはいられない今が悲しい。と言う事で「マミコ」は「カラス」になったのであったように思うが・・・・。もしあの時おばさんに付いて行ったとしても、私のデビュー曲は「スニカーブルース」ではなかったであろう。つづく
酒と涙と男と女(アナザーストーリー)
「マミコ」なる人物が私が六歳になるまで住んだ伏古団地に遊びに来ていた。私は自称「猿」彼女は私が「カラス」と名づけていた。理由は黒くてうるさい。彼女は毎日私が威張るのが余程御気に召さなかったらしい。次から次へと僕(しもべ)を連れてきては自らの存在を私よりも優位にしようと試みていた。その試みは尽く失敗するのだけれども、その僕には某自動車会社の現役社長であらせられた「お爺ちゃま」。そしてその運転手だった「早稲田卒君(現某自動織機社長兼麻雀博士)」。その他には、あの消えた唯一の都銀行員マミコパパ、その同僚の子ロプロス久仁子、私を亀呼ばわりしたポセイドン天然パーマ、狂犬ロデム猛。しかし残念ながら彼女の試みは、バビル二世が「マミコ」でなく私であった事を私自信に確認させるのみであった。しばらくしてそんな彼女はお父さんの転勤で大阪に行ってしまった。マミコママが最後に冷たく「忘れないでね」と言っていたが、私の記憶に「マミコ」はしばらく登場しなかった。マミコの姉と称する「ミユキ」が私の前に現れ続けた時にも・・・。つづく
2009年2月23日月曜日
酒と涙と男と女(アナザーストーリー)
断って置きたい。工場の寮は狭くゴキブリが走りまわるけれども、決してその待遇や仕事に問題があった訳ではない。人間関係には大いに問題があったけれども・・・。職業に貴賎なし、悲しいかな人間には貴賎があってしまうのが現実。それは何処にいても同じであった。こと「金」に関すれば工場は父に雇用されているよりもかなり良かった(笑)。ただ、行った工場が豊田様だったのが良かったのか悪かったのか。よみがえる記憶の中にその会社の社長とその父親も含まれる事は私の歴史が如何に特別なものだったかを象徴すると言えるのかもしれない。つづく
2009年2月22日日曜日
酒と涙と男と女(アナザーストーリー)
私が「特別な過去」に思いを至らせるまでにも、悲しい事や苦しい事は十分にあった。今振り返ってみても何故、そこだったんだろうとさえ思う。ただ、それまでとそこ(「特別な過去」にたどり着いた)では何か違い、自分の中に「変化」があった。それまではすべての原因を外(自分以外)に探していた。そこでは自分の中に探し出した。何故か?。何かこう訳の解らない「自信」を持ち出せたからかもしれない。その理由も悲しいかな思い当たる。私にはある「拘り」があった。今、まったくその「拘り」が消え去ったかと言うとそうでもないが、薄くなり形が変わってしまったのかもしれない。それはそれでまた、悲しい事ではあるけれども・・・・。とにかく、私は自分の中に自分のこれまでとこの工場の狭い寮にいなければならない自分の原因を自分の中に探しはじめたのであった。つづく
2009年2月21日土曜日
酒と涙と男と女(アナザーストーリー)
盗聴、尾行、写真の捏造、嘘、私の記憶と違う自分がこの世に存在している。今ここにいる自分に対する評判批判そんなものはどうだっていい。が、過去を変えられるのは死ぬより辛い。自分が誰で何処に向かうべきなのか何も知らされない。知らされないだけでなく「嘘」を信じさせられて来たような気がする。気がするというよりも積極的に理屈が私にそう思わせる。すべてが「変」であったと思う。子供の頃私の周りにいた人間達が消えようが消えまいが記憶に残ろうが残るまいが真実は一つである。真実は人の数だけあると言うのは普通の話。私が言うところの真実は私の只の記憶ではなく、また誰かに教えられた情報でもない。それは私が実際に経験した真実なのだけれども、残念ながら長い間記憶には残っていなかった事たちである。つづく
2009年2月20日金曜日
酒と涙と男と女(アナザーストーリー)
タイムリーなタイトルで話を始めようか(笑)と思ったが、「破字」って知ってます?私は「チャングムノ誓い」を読んで知った。東京で新聞配達していた時に仕事を教えてくれた恐怖の「面白おじさん」がやたらと読め読め言っていたので、愛知県の某工場で働いている時に読んだ。私の名前は谷口信司。名字の「谷口」はどうにもならないような名字なんだけれど、名前の「信司」を「破字」で読むとブログ名の「人が言を司」である事に気が付いた。一応親からは、父親の「信」と母親の好きな「司」をふっ付けたと聞いてはいたが、本当なのか?と思うに至る。「言を司」人ってどのような人かなと狭い工場の寮で考えてみた。政治家、弁護士、マスコミ、ライター・・・・。そこから、自分を振り返る苦しく長い旅が始まった。私の記憶の中に、これらの職業との接点があることに気づいた。それは「政治家」と「マスコミ」。政治家は何を隠そうあの泥酔?大臣中川昭一の父で当に「酒と涙と男と女」な中川一郎その人、そして他多数。他多数の中には「犬公方」の疑いが持たれる町村信孝元官房長官のお父上であるところの故町村金五先生までもが含まれる。マスコミはあのモジモジ専門アナウンサー高橋真麻、NHK一のビックネーム森田美由紀、ローカルでしかないが「函館の雄」佐藤麻美、そして他多数。ある時期を境にみんな私の周りから去っていった人達ではあるが・・・・。つづく
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